手の上の悟空
先日、自宅で溜まっていた録画番組を見ていたのですが、情熱大陸でウイルス学者の河岡教授を紹介する放送がされており、まさに旬の話と、食い入るように観てしまいました。
驚いたのは、番組で、十数年前に河岡教授を取材された時の映像を流されたのですが、その当時、すでに“今起こっている状況”を予知されていました。
当時、教授が話されている映像を観ていて感じたのは、その映像がまさに「昨日」「今日」に撮影されたかのように、今、世間で騒いでいる状況を見据えておられたということ。
ウイルス感染によって、国が混乱し、経済が破綻する危険性を…。
最近の映像では、今、日本では諸外国からすれば日本は感染を抑えている、抑えられるような報道をされているが、何も変わらない、“日本は大丈夫”なんて理屈はどこにもない…といった内容の話をされていました。
だって、ウイルスは「人を選ばない」ということ…確かに。
同じ人間であれば、同じように感染すると…。
今、日本人の多くは感染していない、ただそれだけ…と言わんばかりに。
河岡教授は、世界的にみてもウイルス学の権威であって、国の対策会議にも出られているような方ですが、本業ではない「経済」のことも頭に入れながらも、淡々と「ウイルス」と向き合っておられる姿…まさに今必要な“冷静にウイルス対策を考える貴重な存在”だと感じました。
研究者だけあってウイルスを単に「敵」という感じで話されていないところが、何とも頼もしく、「己を知って、相手を知る」そんなライバル的な駆け引き。
こういった危機にこそ、研究者の「価値」「存在意義」が問われると…責任というよりは「使命感」をもって、このウイルスと向き合っておられる、そんなお姿に共感しました。
今、私が思っている以上に深刻な状況であると話もされ、改めて、私の「想定」を見直さなくてはいけないと感じた次第です。
約100年前に流行した「スペイン風邪」から、総合的に医療は進化したといわれても、ウイルスに対しては、結局、100年前と同じような対策しかできない…「人に近づかない」…人間とウイルスとの駆け引きは、未だにウイルスに軍配があがっているようです。
ただ、他の病気とは違い、このウイルスの感染は「止めることができる」とも断言されていました。
人と人が触れない、近づかない限り、このウイルスは感染できないということ。
いわゆる相手の弱点はわかっているが、己が行動を起こせないジレンマ。
理屈ではわかっていることを、いかに国難として、「一体」で行動を起こせるか…。
まさに「ONE TEAM」になれるか、しかも短期間で…。
ウイルスにやられるか、経済にやられるか、はたまた「敵は己にあり」か。
政府が国民一律にお金をばらまかないのは…配ったお金の使われ方の問題ではないか。
本来、必要最低限の生活費にあてがうべきお金を、娯楽に回し、何よりお金を使う為に外に出る…。
このウイルスの今ある特効薬は「人に近づかない」こと。なので、今、自粛を「休日」と考えている者が単に連休と捉え、且つ、5月の連休前にお金をバラまいてしまえば、好き勝手に外に出回る者が現れる…「そんな国民レベル」と官僚達に見限られているのでは?
現にそうであれば、政府の動きが遅いとか難癖つけていることすら、一部の人間からは「馬鹿にされていること」を我々は認識しないといけない…。
そうでないと我々一人ひとりが「モラル」と「節度」をもつことができれば、この国難は乗り切れるのではないでしょうか。
官僚はしたたかですよ…「安倍のマスク」にかけた数百億円のお金も、連休前の給付を防ぐことができれば、結果、それの方が「安くつく」ことを計算しているのかも。
我々国民は結局、彼らの監視の内にいる、いわば「お釈迦様の手の上の悟空」なのか…。