「怒る」と「叱る」に違いはない
先日、アウェイ練習試合で片道1時間程度の車移動をチームでしている時に、はっとする会話がありました。
バスケとは関係ないシーンでしたが、女性は、感情的に怒る人は嫌だし、理論的に叱る人も嫌だということです。
これは女性プレイヤーだけでなく、男性も子供もみんなそうだと思います。
怒るは、感情的に自己中心的な反応をすること。
叱るは、理論的で建設的な指摘を意味すること。
よく言われるのが、「怒るのは自分のため、叱るのは相手のため」とか、「怒るのは過去に対して、叱るのは未来に対して」などです。
つまり、「怒らずに叱る」というマネジメントが良しとされているけど、本質を理解しないと、プレイヤーには通用しないと感じました。
スポーツにおける「叱る」を深堀したいと思います。
【なぜ人は叱るのか】
「叱る」とは、相手の言動を否定し、攻撃性を含む言葉を使って、相手に修正を求める行為です。
これはコーチのような権力構造の上に立つ者が、プレイヤーなど自分の価値観に従わせるために使う手段となります。
スポーツ指導における「叱る」は、言葉を用いたネガティブな支配であり、「言うことを聞かせる」ための行動となります。
つまり、「怒る」は感情的に支配しようとしており、「叱る」は論理的に支配しようとしているだけで本質は変わりません。
どちらもネガティブな感情に基づく反応であり、仮にコーチが使い分けていても、プレイヤーからしてみれば、あまり変わらないのです。
例え、コーチが叱ったつもりでも、プレイヤーからしたら「怒られた」と認識するのです。
では、なぜ人は叱るのか?
セカオワの「Habit」では、「説教するってぶっちゃけ快楽」というフレーズがあります。
叱るという行為は処罰欲求という生理的現象であり、ドーパミンが分泌され快感を得られる欲求であるからです。
怒るも叱るも実は自分(指導者)のためです。
ドーパミンなんて目には見えないので、これが事実かはわかりませんが、そう思っておけば、怒ることも叱ることも減るのではないかと考えています。
【叱られる方の立場】
叱ることの本来の目的は、本人に気づきを与え、自省し、悪い行動を今後起こさないようにすることです。
しかし、叱られると人はストレスを感じ、本能的に「戦う」か「逃げる」か「うずくまる」かの選択肢をとります。
戦うとは、言い返すことです。
逃げるとは、叱られているという状況が早く終わるように取り繕うこと、または物理的にその場から離れることです。
うずくまるとは、時が過ぎるのをひたすら待つことです。
「fight,flight,freeze」とも呼ぶそうです。
その場では言うことを聞くので、コーチとしては手ごたえを感じることもあります。
ただし、実際には選手の自省はほとんどなく、今後の自発的な行動に繋がりません。
特に「うずくまる」の状態になってしまうと、本人の主体性が完全になくなっている状態となります。
【褒めればいいのか?】
ガンガン褒めた方がいいと思います。
褒めることで、自尊心や自己肯定感が高まり、選手のモチベーションがあがります。
また、好意の返報性が働き、コーチのために頑張ってくれる選手が増える可能性もあります。
褒める時は、すぐに、具体的に、みんなの前で褒めると良いと思います。
結果を褒めるだけではなく、過程も褒め、存在自体も褒めるということもあります。
結果を褒めるとは、シュートを決めた時。
過程を褒めるとは、取れなかったけどルーズボールを頑張った時。…