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バスケに感謝

2025/03/29 21:26
  

好きなことを書いていいと言われているので、自分のことを書いてみようと思います。私は秋田県で生まれ、小学3年生からずっとバスケを続けてきました。ミニバスでは秋田県で3位になり、東北大会にも出場しました。中学は伝統ある強豪校で、毎年県大会で優勝するような学校でした。どうにか新人戦では優勝できたものの、夏の大会ではベスト4で敗れてしまいました。

小中学校時代、正直なところバスケはまったく楽しくありませんでした。特に中学では、練習中はまるで軍隊のようで、笑ったら怒られるし、トイレで先輩と目が合っただけでビンタされたこともあります。(いや、お願いですからやめてもらえませんか?)と何度思ったことでしょう。部活帰りは、怖い先輩と一緒に自転車で帰るのですが、毎日何事も起きないように祈りながらペダルをこいでいました。練習中は「どうやって体力をセーブしながら乗り切るか」ばかり考えていたのですが、そんなことはできるわけもなく、ひたすら練習を重ねさせられ、気づけば強くなっていたという感じです。

小学生の頃、私は足が遅く、100m走や持久走はいつも学年で6位でした。1年生から6年生まで、ずっと6位。でも実は、学年の男子は6人しかいませんでした。ビリになるとわかっていて応援に来る両親の気持ちを思うと……少し寂しくなります。

しかし、中学生になると持久走で3位になりました。男子全員が3人だったというオチではなく、実際には男子だけで50人ほどいました。おそらく、日々のバスケ部での厳しい練習で足腰が鍛えられたこと、そして本気で走らない男子が多かったことが要因だと思います。バスケ自体は楽しくありませんでしたが、運動面では少しは自信がつきました。

バスケが少しだけ楽しくなったのは、高校に入ってからです。中3の終わりに高校の練習を見学したとき、みんなが笑いながら楽しそうに練習していました。でも、だらだらしているわけではなく、自主的に真剣に取り組んでいました。そこから、少しずつバスケが楽しくなってきたように思います。

高校を卒業した後も、大学ではサークルで当たり前のようにバスケをし、社会人になってからも続けていました。大阪では4つか5つほどのクラブチームに所属していたと思います。仕事の関係で2008年に東京へ転勤となり、そこから約9年間はバスケから離れていました。

しかし、今高2の娘が小4だった頃、ワイビーの体験に行ったのをきっかけに、娘は入らなかったのに、なぜか私がコーチャーズに入ってバスケをすることになりました。そして3年後の2020年、息子が小4でワイビーに入り、私もコーチとして参加させてもらうことになりました。

ずっと「プレーヤー」としてバスケをしてきましたが、「教える側」として関わるようになり、改めて振り返ってみると、バスケを通じて本当に多くのことを学ばせてもらったと感じます。つらい練習に耐える忍耐力、努力することの大切さ、そしてバスケを通じて出会った人たちからの学び。今の自分を形作る大きな要素になっていると思います。

だからこそ、バスケに感謝です。 これからもどうぞよろしくお願いします。

3月29日 板垣コーチ

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