練習試合とストレス
その千四百二十二
実に何ヶ月ぶりでしょう。他のチームと試合しました。
コロナ渦の中で、三密を避けての試合。一番は協会の指針である体育館の中に100人を超えないがあるので2チームで1日みっちり試合三昧。
応援の保護者も少なめに配慮してもらい行いました。
結果、ちびっ子もたくさんプレイ出来たので良かったと思います。
いっぺんにいろんなチームが集まり、いろんなゲームやるのも重要ですが、時期にもよるし、確認したいことをみっちりやるには2チームでやる方がやることが、課題が明確になって良いと考えます。
相手が強かろうが弱かろうが、勝とうが負けようがどうでもいいです。やるべき事は、自分たちの問題なので相手は関係ありません。
以前からそう思っているので、コロナで少ないチームでやる事を承諾してくれるチームが増えて、この件だけは良かったかもしれません。
そして内容は、まずまず。バックコートでは前に繋ぐ。フロントコートではシュート狙う。何より、それらがいい形で出るようになり、チームに浸透感があって、新たに『次の準備』という大切な課題を見つけることが出来た。
そして、小さくてもリバンドが取れる事を垣間見た事は大きな収穫です。
ここまで良かった。
終わって今度は個人の修正点を個人で練習となったら、何も考えてない上級生が練習した振りの遊びが始まる。下の学年は黙々取り組んでいるのに。上級生は年功序列を盾に好き放題的な最悪な行動です。
この年代小さい時から練習したがりますが、一緒にいたいだけで、練習でなくても良いのは今に始まった事ではないのですが、今更それ!?とも思います。
その場しのぎの無責任、自分が良ければそれでいい、先のことは全く知らない的なお子ちゃま上級生で、せっかくのいい内容も全部ぶち壊しになるお粗末さに、勝てるものも勝てない貧弱さを感じ落胆は怒りに変わります。
そして、それが伝わってないことが、最後の脚力強化のダッシュにも出るから考えます。
怒りのままぶつけると暴力となり、今の時代にはあいませんが、伝えることは大事です。伝え方は工夫が必要です。で、伝わってない事に忍耐を感じストレスを感じます。
目指せばいいチームなのですが、目指していないことが見えてきてます。
で、どうする?